[ 2008/10/14 04:06 ]
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始まりすら感じさせず。 <注意>性的・暴力的描写を含みます。苦手な方、嫌いな方はご遠慮ください。
徐に光に包まれた。 遥か遠くに感じられた世界が、光に照らされて直に手元にある事に気付いた。 閉鎖され、頭の中に押し込まれたような感覚は、お湯に浸けられたかのように、体という器にゆっくりと余すところなく広がってゆく。 器に蓋がされ、中身が出ないようにロックされる。そして、私という存在が目覚めると共に、その全ての感覚が瞬時に私の手の中に還って来た。 体にかかるわずかな重みに気づく時、ゆっくりと私の目蓋は開いた。 ◇◆◇ 「……どうした?」 ゆっくりと緩慢に、隣で眠っていた女が体を起こした。 その不必要な動作を、俺はただ薄っすらと開けた目で見ている。 女の上体が垂直以上に起き上がり、ギシリとボロいベットを軋ませた。 横にある裂けたカーテンの裂け目から入り込んだ朝の日差しが背骨が浮き上がる女の背中をユラユラと照らす。人形のようにきめ細かな白い肌。・・・一瞬、呼吸すら忘れさせる程の色気がある女だ。 「いえ、貴方にあった時の事を思い出した……だけです」 月のない夜空すら霞む、漆黒の頭髪を肩へ流し、女は緩慢に首を俺に向けた。 一番最初に目を引くものは、深紅の双眸。唇に引く紅よりも深い、体を駆け巡る血潮の色。 その紅玉のような瞳に、長い睫毛の影が下りる。 光に照らされた柔らかな頬。髪の間から覗くうなじ。 浮き上がった鎖骨に続く滑らかな肩。 なぜか、性欲よりも先に"食欲"をそそられる女だった。 「寝直せ、樹露(キロ)。―――今晩は昨晩より激しいぞ」 破損する寸前の枕の上で、軽く首の骨を鳴らし、俺はまた目を瞑った。 「―――判りました、−nighe walker−<夜鬼>」 目を瞑り、光を閉ざした隣で、俺の道具が再び眠りにつくのが気配で判った。 ◇◆◇ ―――――。 五感を研ぎ澄まし、今晩も不備がない事を確かめる。 相変わらず、調子は万全。・・・非の付け所がない。 体を覆うシーツを剥ぎ取り、昔は高級だっただろう、今では見る影すらないダブルベットから身を起こす。 鍛え抜かれた筋肉が隆起し、しなやかに体を動かす。 塗装すらされていないコンクリの床と壁面。足を下ろすとひんやりとした感触が足裏からかえってくる。 黒いズボンを身に着けただけ……普段の就寝時のいつもの格好のまま、ゆっくりと窓から顔を覗かせる。何度も裂け、既にのれんのようになっているカーテンがユラユラと夜風に舞う。 窓ガラス、両側にあるはずの止め具すら存在しない、唯の四角い穴。 決して広くはない窓穴から上半身をだし、倒壊した建物が並ぶ町並みを眺める。 ……見慣れた風景。普通に佇んでいるはずの電柱でさえ、横倒しになり、ガレキとなっている。 電気点灯している建物は数えるほどしかない。 ポケットから取り出したグチャグチャの赤箱。 手にすっぽりと入る大きさの中には、沢山の筒が入っていた。だが、それはもう、一本しか入っていない。 箱から煙草を抜き取り、唇に挟む。 ゆっくりと拳を握り箱を潰すと、潰すよりもさらにゆっくりと拳を開いた。 ―――赤箱は風になびかれながら、ゆっくりと闇へと消えた。 煙草の先に火を点け、遠くを見る。 白く、広く、高く。囲むようにして壁が存在する。 ―――"ゴミ箱"の側面だ。そして、俺がいる"ココ"は。 「・・・今日もゴミ箱の中、か」 俺等の中で流行ってる言葉を使えば、ゴミ箱の中だ。 指に熱い熱を感じ、手元を見ると、煙草は殆ど灰になって落ちていた。 それを無感動に眺めて、いつものようにコンクリの壁に押し付けて火を消すと、また普段通りに闇のそこへと捨てた。 「樹露、起きろ」 自分が拾い、自分の駒として使っている女に声をかける。 「―――はい」 すぐさま機械の様に忠実に上体を起こし、コンクリートの床の上にスラリとした足を伸ばした。 血と白濁に塗れていたとは思えない、清らかとさえ言える素肌。 成熟し始めた青い果実――とでも言ようか。 細い首筋からは漆黒の頭髪が流れ、滑らかな肩は細い指先へと続く。 白い半円形の膨らみの影に脇腹の骨が浮き出ていた。 細く括れた腰から白いショーツへと続き、スラリとした足へと続く。 当時の傷は消え去り、今は唯、蝋人形のように美しい。 俺が言葉なく放った服を受け取り、樹露(キロ)と名付けた女はテキパキと動き出した。 「今日は少し南に行く。まだ巡回していない地域だ。その分、危険も多いが……ターゲットがいる可能性も高い」 部屋の隅に落ちていたシャツを掴み、埃を叩きつつ口を開く。 「お前は俺についてサポートしろ。他の奴等は気にするな。・・・仲間意識なんか、生き延びるのには邪魔だ」 もう、何回繰り返したか判らない彼女への命令を、飽きる事無く口にしながら薄汚れたシャツに身を包み、裾が擦り切れている上着を羽織る。 そんな俺の横では樹露が重々しい金属音を部屋の中に響かせ、慌しい空気を作り出していた。 「―――お前は俺の道具だ。それを忘れるな」 腰に幾重もの拳銃を挿した樹露が、深紅の瞳をこちらに向け直立不動して頷いた。 ―――準備は出来た。後は――人員だ。 ◇◆◇ 手元の携帯を使って仲間と連絡を取る。 最寄の電波塔は死んでいるが、衛星や壁の向こう・・・幾らでもある。 長い着信音の後、電話が繋がる。 「おい―――。・・・・・・くそっ」 開口一番、手早く用件を話そうとしたが・・・悪態をついて口を閉ざすしかなかった。 通話先からは耳を澄まさなくとも、嫌なほどに聞こえてくる雑音。 女の喘ぎ声と水の濡れ音。 胸の奥にどす黒い感情が満ちるが、それを溜息を吐く事で無理矢理に押し込める。 「おい―――」 大きくなる喘ぎ声。・・・又か。本当にムカつく奴だ。 「早く出ろ。変な声を聴かせる暇があったらさっさと通話に出ろアキラ」 極限まで押し殺した声。だが、フツフツとした殺意が押し殺せていないのが自分でも判る。 それが伝わったのか、喘ぎ声は遠くなり、濡れ音も聞こえなくなった。 「・・・いい加減、女遊びは止めろ、アキラ」 「いいじゃねぇかよ。お堅いなぁ、シュウは」 ケラケラと人を馬鹿にした笑い声が耳元で響く。・・・その煩さに思わずケータイを耳元から離し、今の心境を素直に舌打ちにする。 「・・・・・チッ。アキラ、今晩も南の方に行く」 「マジかよ!少しは休ませろよぉ・・・。テメェは鬼か!―――そういえば、お前は−night walker−<夜鬼>様だったか!ハッハッハッ!!」 俺の手が身近にあった壁面を殴った。 あくまで、無意識的に。 「ハッハハハハ・・・・ごめん」 急に大人しくなった、アキラにもう一度用件だけ口早に言って、着信を切った。 ・・・本当にムカつく奴だ。 「−night walker−<夜鬼>。・・・・連れてきました」 抑揚のない、樹露の静かに響く声。 先程のアキラの声と比べると、随分と耳に心地よい。 ケータイをズボンのポケットにねじ込める最中、耳に複数の足が砂を蹴る音が聞こえた。 「・・・お久しぶり、シュウ」 樹露とはまた違う、女の声。 樹露の脇に、殺伐とした風景には似合わない、清楚な女が立っていた。 「――― −exist arms−<武姫>(ブキ)」 ワンピース状の上から下まで1枚の布で出来た服を着込み、その上に俺と同じ上着を羽織っている。 艶はないが、綺麗な頭髪。両手に薄い黒のグラブをはめ、革で出来た編み上げブーツを履いていた。 これから戦闘するようには見えない服装。・・・だが、油断してはいけない。 気を付けなければ―――コチラが半分"喰われる"。 「壱拾羅(トオラ)。挨拶しなさい」 嫌味なほど、今日もご丁寧な様子の−exist arms−<武姫>(ブキ)。ゆっくりとその場からずれ、背後に隠れるように立っていた者を前に出した。 「・・・・・・・ァァ」 壱拾羅(トオラ)。・・・醜き顔面に、喋る事さえ出来ない男。 笑っているかのように弛緩した頬。双眸は時折グルグルと回り、焦点が合っていない。渇いてボロボロの唇からは中途半端に渇いた舌が垂れ下がっていた。服は−exist arms−<武姫>と同じように常人の遊び着のような物だが・・・思えば、コイツには服も何も関係ない。 ダラリと垂れ下がった右手に繋がっている"ソレ"こそ、彼が唯一必要なモノ。 「・・・マミ、アイツは?」 −exist arms−<武姫>は少し周囲を見回すと、無言で俺達の横にあるビルの壁面を指差した。 「・・・・・・」 短く刈られた頭髪に伏せられた目蓋。―――ほとんど口を開く事がない、寡黙な男がいた。 「一昨日から、貴方に頼まれた通り西から北に向けて散策したわ。収穫は雑魚が3体。どれも-absolute domain-<血界>(けっかい)がヤってくれたわ。他に目ぼしい施設はなし。・・・やっぱ、南側みたいね」 どこか、近寄りがたい雰囲気を出す-absolute domain-<血界>こと夕斗。 短い髪、彫りの深い顔。一文字に結ばれた唇。胸板は厚く、服の上からでも鍛えられた四肢を確認できる。 コチラは実用的なスポーツをするような動きやすい服装。 両肩と脛、靴先に加工された鉄板が打ち込んであった。 むき出しの両腕の沢山の古傷が目に付く。だが、上から下へ流した目線をすぐに外し、いつも通り俺の脇に立つ樹露に確認を取る。 「アイツは呼んだが?」 「いえ、呼んでいません」 即答に近い返答。だが、俺たちが気付かないうちに、ヤツは騒ぎに勝手に駆けつける。 「今日は南に行くの?」 俺は舌打ちと共に顔を不機嫌に歪めた。 「先輩が来たのにそんな顔をするなよ、−night walker−<夜鬼>君」 自らのことを"先輩"と呼び、勝手に俺達をサポートしている気でいる変な野郎・・・。 「磨知音先輩、ただ今、大登場!」 磨知音(まちね)。名前意外、誰として何も知らない危険人物。 素肌の上に黒の薄いシャツを身に付け、灰色の長ズボンのポケットからは用途が判らない道具の末端が飛び出ている。 マントのような物を腰から流し左腕は甲冑で覆われている。 ・・・・そして、もっとも目を引くのが―――― 「・・・ん?いまだに"コレ"が気になるのか?」 科学的なイレズミが入れられた右肩に、肘から指先へと包帯を巻かれた右手だった。 「あれ、アキラ君は?」 生ぬるい微風に短い襟足とマフラーを棚引かせながら、麻知音は今、一番問題となっている奴の名前を口にする。 「・・・人数は揃った。さっさと行くぞ」 麻知音の疑問の声に俺は答えず、踵を浮かせる。 誰もが疑問そうな表情を浮かべたが、歩き出した俺に逆らう事無く、釣られてゆっくりと動き出す。 首を鳴らし、拳を握る。 靴が地面を踏みしめる度に砂煙がゆらゆらと立ち上り、足跡を残す。 崩れた建物のガレキを避けながら進み、邪魔になる壁面は穴を開けて進む。 今日も月はのぼらない。高い城壁の影で出来上がるひっそりとした闇。 吹き抜ける埃っぽく鉄くさい風。視界を防ぐ倒壊した建物。 見慣れた風景。 俺達の世界。 城壁の向こうに何が広がっているか―――そんなの、忘れてしまった。 ・・・・・。一体、何だったのだろう。 俺は何も知らなかった。 何も知らなかったから、笑えた。怒れた。泣く事が出来た。 今では、もう出来ない。 それほど、ココの状況は・・・・。 でも、戦いを終わらせる事が出来れば――――。 ◇◆◇ 夜。切り抜かれた景色。 楽しい時間はあっという間に過ぎ、気が付けばもう夜だ。 私と彼がいる、小さな空間が今の私の世界だった。 クルクルとゆっくりと回る観覧車。 空が蒼かろうが、海が青かろうが、私は私。 もう、昔の私のように悩みはしない。後悔もしない。 肩に乗った彼の頭に、私の頭を寄せる。 ・・・もう少し。 もう少し、このままでいよう。 しかし、この観覧車のように。 ゆっくりと親しくなっていこう。 しばらくは、このままで。 戦いが終わるまで。 そして、戦いが終わったら――――。 ◇◆◇ 同じ世界。 だが、決定的に違う価値観。 それが交錯する事は無い。 お互いを知る事は無い。 だが、いつか。 『いつか必ず』
コワサレタマボロシ シンヤ・レン NEXT>> 後書き INDEX <<BACK  期待の一押し!
血の繋がっていない家族。それでも兄弟。 食事を終え、食器を水で洗い流している音が、遠くキッチンの方からする。 子供の頃から聞きなれ、今ではキッチンが私の持ち場となり、仕事場になった。 それなのに、今日の私はキッチンに立っていない。 兄に仕事を取られた。ただ、それだけ。 ・・・あぁ、水の流しすぎだなー。 あっ、皿を洗う時は水を止めて欲しい。 ・・・・・・お皿は丁寧に扱ってよぉ。 水音とお皿が擦れるだけで、兄がどのように皿洗いをしているかが手に取るように判る。 そして、なんか、今キッチンに立っていない自分に変な感じがする。 「お兄ちゃん、お皿洗いは終わったんかぁ?」 絶え間なく聞こえていた水音が止み、長い事が経ったが、中々姿を現さない兄に私は声をかけた。 ・・・だが、打てば鳴るような兄の返答は、今日は返ってこない。 それに不審そうに眉を寄せるも、人形を抱きしめダラダラムード全開の私は、立ち上がるのも億劫で、ただ人影が下りるキッチンを眺めるだけだった。 程なくして部屋の静けさに耳が慣れると、キッチンの方で会話めいたものが聞き取れるようになった。 「―――だから、嫌だって何度もいってるだろ?」 凄く面倒臭そうな声を出す兄―――霧雨 刀真の声だ。 だれかと・・・電話している様子。 「そっちの失態でしょ?俺を巻き込まないでくださいよ。・・・うん、そう。だから、隊長が自ら汚名返上すれば――――はぁ?隊長命令?・・・なんでこんな時だけ隊長面するんですか・・・」 今にもその場にしゃがみ込みそうな気だるげな声。通話の相手は、どうやら兄が所属する部隊の隊長さんのようだ。 隊長さんを相手にすると、いつもこのような態度を取るが―――大丈夫なのだろうか? 「・・・はぁー。・・・・はいはい。判りましたよ。とにかく接触はして見ますよ。・・・はい。・・・・はい。・・・・では」 大きな溜息の後、ケータイを片手に下げた兄がキッチンからダルそうに大股で出てきた。 その顔は、とても面倒臭そうと言うより―――辛そうに歪められている。 「どうしたん?隊長さんから指令でも入ったんか?」 寝転んだままの私に苦笑を返し、頭をガシガシと掻いて目を瞑った。 「なんでも、この前俺がサボッた分を働かせたいらしい。・・・まったく、面倒な指令を押し付けられたもんだ・・・」 辛そうに顔を歪めたまま、目蓋を開ける。 「・・・・まぁ、行っといで。晩御飯はまかせてや」 兄の眼は、もうエージェント特有の殺伐とした物に変わっていた。 このときは、もう、何を言っても聞かない。変えられない。 「んじゃ、夕方には帰れるよう頑張るわ。えと・・・今日はオムレツとか食べたいなぁ」 見た目と違って意外に子供っぽいリクエストに、思わず唇の端を吊り上げて笑ってしまう。 そんな妹の様子に別段気にしていない様子の兄。 余裕そうに、妹と一緒に笑みさえ浮かべる。 「ケチャップたっぷりな」 「はいはい、了解しました。副隊長様」 そう、ウチの兄は部隊の副隊長。そんな副隊長はオムレツ好き。 そして、それ以上に妹のことが好きなのだ。 「じゃぁ、行って来る」 軽く、近くのコンビニでも行くかのような調子で右手を上げる霧雨 刀真。 それが、何時どんな時でも崩す事のない、霧雨兄弟のスタイル。 それが、最期の会話の可能性もある。 もう、顔を合わす事が出来なくなる可能性もある。 なぜなら、彼等はエージェントだから。 ソレでも―――死と隣り合わせな彼等は。 「行ってらっしゃい」 あまりにも簡素すぎる挨拶と共に、笑顔を浮かべて別れるのだ。 決して、裏切られる事のない絆を感じて、そして知っているから。 ◇◆◇ 笑みで見送られたエージェントは揺るぐ事のない決意を再度確かめ、玄関先の道路で止まっていた車に乗り込む。 「・・・・おい、お前等は本気なのか?」 副隊長は顔を険しくして、車のハンドルを握る同僚に声をかける。 「ええ。私達は<雹>さんを信じてますから」 「・・・・信じてる、ね」 車は程なくして力強いエンジンの振動を体に伝え、発進した。 「上には言ってないんだったな?空乃 海がT・P化した顛末は」 腕を組み、険しい顔を崩そうともしない刀真。 ミラー越しに運転手を殺気付いた眼光で睨みつけている。 並みの人間だったら震え上がり、二の次を言えなくなるのだが・・・・。 「ええ。T・Pを逃したと知られれば、大変ですからね」 そう言って、運転手が笑うのが気配で判った。 「・・・<狂気>が協力した事は?」 「それも、報告していません」 「柊 誠が戦場に勝手に復帰した事は?」 「報告していません」 「・・・・じゃぁ、俺がその二人を目の前にして殲滅しなかった事は?」 「<雹>さんは額に手を当てて呆れていました」 これまで不明瞭だった事を解析し、簡単に頭でまとめる。 「・・・つまり、まだ奴等は中央から抹殺命令とか出てないと。・・・-phantom-<滅>は相変わらずか?」 「黒ヶ峰 隼人は、現在追跡中。・・・他に数名、彼に加担している者がいると情報がありますが・・・定かではありません」 険しい眼つきは何処へやら。ふ〜んと気のない返事をしながら車の窓を開けた。 春の兆しを感じさせる温かな風。 「皆、昼寝して、『はい、おしまい』ってなればいいんだけどな」 副隊長・・・霧雨 刀真の子供のような呟き。 「おい、お前はどう思う?」 刀真の問いにしばし運転手が考えているような神妙な沈黙が車内に満ちる。 そして――― 「仲良く、円になって手を繋いで・・・。それで起きた後には皆が幸せ・・・。なんてなったら、最高ですね。でも――」 夢を見るような声が一変―――冷徹な声で・・・残酷すぎる現実を告げる。 「私達は、"幸せ"と言う虚言があたかも実在するように見せる為に、血を血で洗う行為を繰り返しているのではないですか」 あまりにもキツイ一言。 子供の理想を掲げる、副隊長にはきつ過ぎる現実。 「さっさと止めたいぜ。・・・こんな茶番は」 彼の呟きは誰にも聞こえないまま、かききえる。 「口には慎んでください。・・・たとえ、真実を知っていたとしても、知らないふりをしなくては―――守っていた大切な人を殺す事になりますよ。軽い口ぶりは止める事ですね」 「なぁ、鏡花(きょうか)。もし、俺が<雹>を裏切る事になったら・・・・お前はどっちに付く?」 満月 鏡花(みちずき きょうか)はミラー越しにそれこそ言葉に出来やしない――鏡花水月な表情を浮かべる。 怒ってる様な、今にも泣きそうな、・・・喜怒哀楽、それを全てごちゃ混ぜにしたような器用な表情だ。 「私は―――<雹>さんの方に付きます」 彼女の答えに刀真はミラーからは見えないように、自嘲めいた笑みを浮かべた。 「安心しろ。俺は裏切らないよ。・・・エージェントとして拾ってくれたのは、生憎俺も・・・・石原 和樹(いしばら かずき)、<雹>隊長のお蔭だからな」 その言葉の影に、隠すように、しかししっかりと彼女に聞こえるように。 「・・・真宵を泣かしたくは無いんだけどな」 ぽつりと、優しすぎる本音を呟いた。
スギサルマボロシ。 シンヤ・レン キャラクター考案: HIRO ネコアルク 霞夜無月 綴つみき キリン [06-1]<<・>>[06-3] また、泣かせる事になるのかな。  刀真まで物語に関係し始める。 ポチッと。
終焉を迎える始まりの歌。 <注意>性的・暴力的描写を含みます。苦手な方、嫌いな方はご遠慮ください。
鼻を掠める煤けた匂い。 雲に白く染められた空。 歩く度に体にまとわりつく、温い空気。 ココには風が来ない。 ・・・いや、言い換えよう。来るが、それは風と呼べるのか。 籠に閉じ込められ、その中を行ったり来たりするだけの空気。 死臭を帯び、不快な風となって吹き荒れる。 ・・・記憶の奥底に今もしっかりと残る、ソレとはまったくの別モノ。 ―――いつからこんな風になってしまったのか。 気分を害すような風に体を吹かれ、両腕に下げたバスケットの中の食べ物を落とさぬように歩きながら、私はそんな事を、ふと思った。 ◇◆◇ 「食べ物、持ってきましたよー。・・・あれ?・・・いますかー?」 私は、元は商業会社のビルであったであろう廃墟の前に立っていた。 ・・・とても不気味な建物だ。 それが、一つの生き物のように、私の声と周りの空気を飲み込んでいるような錯覚を受ける。 ・・・暗く黒い廃墟の入り口。 目の前のガラス戸は無残に壊され、頼りない陽光が足元を細々と照らしている。 しかし、それでもその陽光は廃墟の奥には届かず、目を凝らしても廃墟の奥を見ることは出来なかった。 「・・・あのー・・・食べ物、持ってきましたけどー」 アイツ等に気付かれないように、抑えた声で建物の中に投げかける。 ・・・だけど、声が反響するだけで、それに答えてくれる声が無い。 「寝てる、のかな?」 胸に拭いきれない不安が残るものの、そっと一つ、手元の食べ物を彼に渡す為に足を踏み出した。 磨り減って薄くなった靴底からガラスの破片が割れる感触が伝わってくる。 一歩、また一歩と廃墟の奥に進むたびに、暗闇が濃くなる。 それに同調するように、私の不安が確実に色濃くなっていった。 周囲を取り囲む闇に脅えるその時。 突如、建物の入り口から流れ込んできた生ぬるい風が、私のスカートと足の間を通り抜け、その嫌な感触にブワッと嫌な汗が背中から噴き出るのを感じた。 ・・・恐い。 ゆっくりと、音を立てないように彼が身を隠しているだろう廃墟の奥へ奥へと歩み進んでいく。 「・・・・ココかな」 積もり積もった埃。暗くて判りづらいが、何度も行き来した後がある。・・・サラリと地面に指先を滑らせたが、誰かの靴底の泥が付いただけで、柔らかな埃が指先にくっつく事は無かった。 「食べ物・・・持ってきましたよ・・・」 クッキリと残った泥の足跡。そこだけ埃が無い部屋の入り口。 それに導かれるように、私は闇の深遠に足を踏み入れた。 「・・・・・ぅ。・・・・ぅぅ」 獣の唸り声。・・・いや、人の―――呻き声? 崩れたコンクリートが散らばる部屋の隅。 そこで身を縮めて、震えている彼を見つけた。 「大丈夫ですか!」 思わず大きな声を上げ、瓦礫を避けながら彼に近づく。 「大丈夫ですか。・・・・っ!」 名も知らない彼。・・・だが、彼の体を見て私は息を飲んだ。 「どうしたんですか!?」 破れてボロボロになったシャツ。沢山の血で赤黒く変色している。 その、シャツの破れた後の所には真新しい痣や無残な引掻き傷が無数にあった。 「ねぇ、どうしたんですか!」 反応が無い彼の体に初めて触れた。・・・冷え切った肩。 ベトリと・・・赤い、血が、・・・手のひらに。 「うぅうううっ・・・」 「ひっ!」 抑えていた恐怖が爆発した。 名も知らない彼。だけど。 少し、悲しそうな顔をしていた彼だけど。 今の彼の顔は、無残にも腫れ上がり、痛々しく血が滲んでいた。 「だ、誰がこんな事・・・」 彼はブツブツと何かを呟き、がたがたと振るえ、どこか遠くを見ている。 そんな彼の横に、出来損ないの菓子パンが入ったバスケットを置いた。 「・・・・・」 その瞬間、彼の震えが止まった。 そして、それに気付いた時には――― 「あああぁああああああ!!」 「きゃっ!」 ―――私の意識は飛んでいた。 「う、うぅううっ」 体の奥底から膨れ上がる嘔吐感で、すぐに乱暴にお腹を殴られた事が判った。 決して暴力を振るわなかった彼の豹変。 互いに名前を名乗る事さえしなかったが、楽しくお喋りした事があり、今では唯一友達と言える存在。 ・・・なのに、どうして? ジンジンと熱と痛みに霞む視界の中で、彼は乱暴にバスケットに手を突っ込み、パンをむさぼっていた。 彼が乱暴にバスケットに手を突っ込むたびに、彼に食べ物を届ける為に作ったバスケットが壊れていく。 それを始めて見せた時、笑い合って「可愛いね」って言ってくれた彼。 時折、泣きそうになったりはしたけれど、こんな私とお喋りをしてくれれた彼。 強大な悲しみが、心の奥からゆっくりと溢れてくる。 「・・・どうして?」 彼は答えない。 空ろな瞳は作り物。濁ったガラス玉のようだ。 張り詰める嘔吐感を我慢出来ずに、その場で吐き出してしまう。 喉に痛みが走り、すっぱい味が口腔に満ちる。 「・・・・ぐっ・・おぇ」 埃と砂でザラザラする地面に胃液が吐き出された。 すっぱい匂いが鼻を刺し、涙目の向こうで丸く糸をひいて広がっていく・・・。 「・・・・ひぃっ!!」 突如、彼が悲鳴を上げ、縮みこもった。 耳を打つ、重量音。爆音。それに紛れて聞こえる奇声。 痛みと悲しみで掠れている意識の中で、逃げなくてはと警鐘を鳴らしている。 ―――アイツ等だ。 「ヒッハッ!!」 「ヒィイイイイホッ!」 「イェイェイェイエェェェ!!」 爆音と共に、幾つものバイクが入り込んできた。 小さな部屋で何十にも重なった騒音が鼓膜に響く。 突如、闇に慣れていた瞳に光が刺し、目がくらんだ。 「おうおう!こんな所に女がいるぜぇ!」 「どうしたんだよぉ、てめぇ。可愛い女の子に助けでも求めてたのか?」 バイクから男達が残忍な笑みと共に降りる。 「・・・・・いっ!」 彼は男達に脅え、目を合わせようともしない。 ・・・もしかして、彼は・・・奴等に? 「おう、お前さん?・・・・あんな野郎なんかより、俺達と遊ぼうぜぇ?」 沢山のピアスが付いた醜悪な顔。 煙草や酒の匂いがする口臭に、思わず私は顔をしかめた。 だが、男はそれに気付いたのかいないのか、私の腕を掴んだ。 「きゃっ!」 乱暴に腕を引かれ、立たされる。 「なぁ・・・・俺達は、"エージェント様"なんだぜぇ?もちろん、・・・抵抗なんかしないよなぁ?」 「いや!」 男の手を振りほどき、逃げようとする。だが、その前に他の男に行く手を阻まれる。 「おいおい、手間を掛けさせないでくれよ。・・・俺達だって暇じゃないんだよ。この区画を守ってやってんだからよぉ」 下品な笑声が巻き起こる。 男達に囲まれ、逃げ道を塞がれた。 じわじわと恐怖が体を乗っ取っていく・・・・。 ―――エージェントと名乗るチンピラがいる。 そいつ等は事あるごとに、エージェントと名乗り、騒ぎを起こす。 ―――この区画に派遣されたエージェントがいる。 そいつ等は姿さえ見せず、区画はT・Pによって荒れ放題。 噂では、既に全滅したとさえ言われる。 判ってた。 もう、私達は要らない人間。 ゴミ箱に放り込まれたゴミなんだって。 爆発した恐怖が体を乗っ取り、甲高い悲鳴を上げさせた。 「イヤァァァァァ!!!!ッむぐっ!?」 だが――― 「悪いようにはしないって。・・・なぁ?」 彼女の口を塞ぎ、猛獣達が笑った。 「んっ!!んん!!」 男達の太い腕が伸び、強引に服が破られる。ボタンがむしり取られ、生地が無残にも引き千切られる。 抵抗も空しく、男達の手がスカートに手が伸び、誰かが持ち出したナイフで切られた。 ―――ナイフの刃先が太股を掠める。 ―――荒い吐息が首元にかかる。 バタバタと抵抗するも、ついには醜悪な怒張が目の前にさらされた。 悲鳴を上げることも出来ず、ただただ迫り来る恐怖に顔を歪め大粒の涙を流し、届かない叫びを上げることしか出来ない。 大きな男の手の変わりに、引き裂かれた布を噛まされ、両手までもが結ばれた。 きつく結ばれ、唇や手首に痛みが走る。 ライトに照らされた男達の恐い顔。 獣達のむさ苦しい体臭が鼻を掠める。 むせ返る程の濃厚な獣の匂い。 吐き戻しそうになるその一瞬前、それは来た。 「そら、よ!」 もっとも恐れた最悪な展開。 望みも叫びも届かず。 所詮ココはゴミ箱の底だという事に気付かされるだけだった。 「いっ!いあぁぁぁっっっ!!」 痛み痛み痛み。痛みが走る。 「おい、お前等!譲さんは初めてだとよ!」 知感できた物は。 ライトに照らされた現実と。 笑い声に紛れて浮かび上がる恐怖と。 痛みと嫌悪によって生まれた堕落。 羞恥すら感じることの出来ない、深い恐怖。 あまりにも露骨な欲望をぶつけられる突貫。 明滅する視界の中で、彼がいた片隅を見た。 彼は――― 一人、逃げていた。 その時、心が壊れた。 白濁する意識の中。 "人"である事を捨てた。 それと同時に。 私は、神様の存在を信じる事を止めたんだっけ? ◇◆◇ 「おい、こっちも」 何日経っただろうか。 日が昇り、彼等は去り、日が沈み、彼等は性欲を満たす為に来る。 彼女は、何も思い出せない程に衰弱していた。 彼女は逃げる事が出来ず、ただ彼等の命令に従う存在。 人形。そう、ヒトガタをしただけの存在。 「休むなよ。ヒヒヒッ」 ただ、彼等の白濁に塗れ、命の灯火が急速に小さくなっていくのを感じる日々。 彼女の頬や脇腹には骨が浮かび上がれ、目は落ち窪んでいる。 生臭い体液が荒れた肌を伝い、彼女の定置となっている地面に新たな染みを作った。 「・・・・リーダーどうします、こいつ?もうヤバイんじゃないすかぁ?」 「ほっとけ。その内、勝手に野垂れ死ぬ。・・・また新しい女を見つけなきゃいかねぇな」 「おりゃーもうちょい肉が合った方がいいッス。ガキとヤるのはどーも」 「奇遇だな。俺もそう思ってた!」 「んじゃ、終わりにしたら、次に行きましょーや」 空ろな彼女の瞳は何も見ていなかった。 「散々と愛してやるからな。イヒヒヒ」 そうして、男は彼女を抱いた。 「――――あ」 彼女は痛みを感じる事は無くなった。 感情の細波すら皆無だ。 彼女はもう、ただの肉の塊なのかもしれない。 ◇◆◇ 煙草の硝煙が上がる。 崩れた壁面をゆらゆらと滑り、上へ上へと昇っていく。 ・・・・歩みは止めることは無い。ただ、単純明快に騒がしい方へ。 ゆっくりと確実に。 五感を鋭く研ぎ澄ませて。 女の喘ぐ声。男の荒い吐息。それと・・・複数の人物がはやし立てる声。 胸糞悪くなるような光景が想像できた。 それでも、足は止めない。 止める事を許されていない。 ◇◆◇ バイクのライトが消され、今では暗闇に等しい部屋の中で、丸くて赤い何かが泳いでいた。 煙草の先から、暗闇の中で硝煙が上がる。 高らかな靴音と、首から下がった鎖の金属を響かせ、突如として部屋の中に進入してきた何者かが足を止めた。 最初に気付いたのは女を犯していた男。 「誰だテメェ!」 「・・・・・・・・・」 間が悪く、壊れた壁面から月光が射し、進入してきた男を照らした。 ソレは―――あまりにも。 あまりにも浮世離れした男だった。 「・・・・・・・・・」 煙草を銜えていた男は、無言のまま地面へ煙草を吐き出し、火を揉み消した。 場慣れしているチンピラ達。各々が金属バットや鉄パイプ、何らかの武器を掴み、乱入してきた男を取り囲んだ。 浮世場慣れしていた男。少し長く、そして色の薄い頭髪。鋭く細められた眼光。黒で統一された衣服に身を包んでいた。丸腰のまま棒立ち。 「おい、お前。ココが俺たちエージェント様達の寝床だって知ってるか?軟弱野郎はとっとと失せな。・・・・って言えると良かったんだが・・・」 リーダーらしい男。体格のいい筋骨隆々な風貌。鬼を連想させる男だ。 「テメェはここでお釈迦だ。丁度、なにかを打ち殺したかった所なんだぜ」 一人の男を取り囲んだチンピラ達は、はやし立てる様に奇声を上げ、今にも残虐的なリンチが起きそうだった。 鬼の如き形相の男が、自分よりも華奢な男を見下すように睨みつける。 その時。 「――――クソ野郎どもが」 足元の煙草を踏み荒らし、黒尽くめの男が毒と共に強烈な殺気を体の奥底から吐き出した。 「テメェ―――!」 男がいきり立った時。 既に勝負は決まっていた。 男が視認できない速度で腕を振るった。 幾えもの斬痕を体に残し、取り囲んでいた男達が2分、3分に分解される。 首が飛び、腕が飛び、上半身が飛び、足が飛んだ。 血煙が巻き起こり、男の手によって周囲に居たチンピラ達の生命が一人残らず掻き消えた。 煤けた壁面が真っ赤に染まり、一瞬で地獄にある処刑場の一室に変わり果てる。 それもあまり浮世場慣れした光景で・・・ 空ろう女。汚れきった体を汚れた血で赤く染め、目の前の光景を眺めるしか出来ないでいた。 男の方は胸元に鎖によって下がっているカウンターを無心で眺めていた。 カウンターの数字が下がり、83から79になる。 「・・・・4人居たか」 夜のそよ風のような呟き。 そのあまりにも静かな口調から一転、脇で崩れている女を見て口を開いた。 「捨て駒は多い方がいい。・・・お前、俺の為に生きろ」 あまりにも身勝手な一言。 そうして、地面に腰を下ろし、ダラリと男をみる女にゆっくりと近づいた。 薄汚れ、傷だらけの裸体。 傷み、バサバサの頭髪。 空ろな瞳を、鋭く気高い瞳が見据える。 そして、反応が無い女の首筋に手を乗せる。 ヌルリとした血肉の破片と白濁液が指に絡みつく。 手持ち無沙汰なほうの手に男は噛み付いた。 痛みに眉を寄せながらも、強く強く噛み付く。 そして、自分の血を口に含み―――。 彼女の唇から流し込んだ。 唾液と共に血液が女の口内を満たし、抵抗する事も無く、女はソレを喉に通す。 舌を絡め、血液を全て彼女に飲ませた後、男はその場で接吻に似た行為を止め、唾を吐き捨てた。 「今からお前は俺の道具だ」 その瞬間、彼女の空ろな瞳に生気が戻った。 「俺に従え。それだけがお前の喜びで快楽だ」 男の凛とした声と共にカウンターがまた一つ、0(zero)に還る。 それが、私と-night warker-<夜鬼>の出会い。 残虐で無慈悲で―――語るには惜しい幻想のように美しい話だ。
コワサレタマボロシ シンヤ・レン NEXT>> 後書きINDEX 黒いですが、一押し(苦笑
忙しい朝、気軽な休み。 ―――ジジジジジジジジジ!!!! ・・・意識の片隅で響く音。 ・・・断続的な音。途切れる事がなく、鳴り響く。 「―――うぅん」 その、頭に響くような音によってしだいに意識がハッキリとした方に引っ張られていく。 ・・・・目が覚めた。 「・・・・・・」 パシンッと心地よい音と共に、目覚まし時計の騒音が止む。 「―――ふわぁ〜〜」 大きな欠伸と共に身を起こし、敷布団の直横に置かれた目覚まし時計の文字盤を見る。 「・・・・5時45分」 いつも通りの起床。相変わらず、窓からは未だに光が差し込まない。日の出までまだ1時間ほどある。 ・・・・日が出る前に、私は動き出す。 「・・・・ん、ん、んん!!」 布団の上で立ち上がり、豪快に背伸び。心地よい具合に背骨が鳴り、今日も快調だと言う事を告げていた。しかし、同時に着物の着付け用の肌着が引っ張られ、お腹が出て少し寒い思いをする。 冷えて反応の鈍い体のために、しばし、いつものストレッチ。体の血流が活性化され、寝ぼけた頭もすっきりし始める。 「ほらほら、あんた等も起きんと。もう、朝やで」 これまで潜っていた掛け布団をゆっくりとめくる・・・・。 「にゃぁー」 鳴き声と共に、3匹の猫が転がり出てきた。 「・・・・あれ、琥宵(こよい)は?」 普段だったら、もう一匹居るはずの猫がいない。 あたりを見回すも、居ないようだ。 「もう、またお兄ちゃん」 布団から出てこようとしない猫たちをそのままにして、ふすまを開けて縁側に出る。 「お兄ちゃん〜?」 寒い縁側を薄手の肌着姿で歩き、廊下の置くの部屋へと声を飛ばす。 「・・・・お兄ちゃん?」 そっとふすまを開けて、真っ暗闇の部屋の中をうかがう。 ・・・・部屋の中央、私に背を向けてお兄ちゃんこと霧雨 刀真が眠っていた。 気持ち良さそうに眠る兄を起こさぬよう、足音を忍ばして近づく。そして、適当に布団の中にゆっくりと手を突っ込んだ。 ・・・しばらく右へ左へ手を動かしていると、兄の腰辺り、そこに毛がモサモサとした温もりを見つけた。 モサモサは布団の中の私の手に擦り付き、ゴロゴロと喉を鳴らす。 「ほぉ〜ら、見つけたーよ、琥宵ちゃん」 脇に抱えるように手を回すと、腕と一緒に大きな猫も布団から顔を出す。 猫は抵抗する気配すらなく、大人しく腕にだかれ事の成り行きを黙ってみていた。 「ほら、お兄ちゃんの安眠を妨害せんうちにな」 白と茶色のシマシマ模様をした雌猫―――琥宵を抱きしめ、縁側に出た。 後ろ手でふすまを閉め、しばし目の前に広がる風景を眺める。 松の木に小鳥達が止まり、静かに夜明けを待っていた。 「・・・うぅっ!寒い・・・」 琥宵をギュッと抱きしめ、その温もりを服の上から、肌の上から感じる。 ・・・温もりは、生命が鼓動している証拠だ。 生きている証拠だ。 大切な、大切な・・・・・ 「ほら、アポロ、クリスチーナ、マーブル、ご飯にしよ」 にゃーと3匹の猫が愛らしい鳴き声を上げ、私の後ろを付いてくる。 さ、霧雨 真宵、今日も一日頑張るぞ! ◇◆◇ 私の一日はまず、猫達にエサをあげることから始まる。 一番大きい猫、他の三匹の猫の母親である琥宵用にキャットフードを。 他の3匹、子猫のアポロとクリスチーナとマーブル用に猫缶を開けて程よくスプーンで崩してからあげる。 猫の顔がプリントされたお皿を取ろうとすると、我慢するのが苦手なアポロがキッチンの上にのぼり、缶のまま食べようと顔を突っ込もうとしていた。 それを片手で制しつつ・・・・それぞれをお皿に盛り、下に置いた。 ガツガツと食べ始める猫達。 ・・・可愛いなぁ。 ゆっくりと膝を折り、腰を屈め、エサを食べる琥宵を眺める。 琥宵は一心不乱にキャットフードをガリガリと食べ、食べるのに飽きた子猫達はその場で遊び始めた。お腹が空いたらまた食べに来るだろう。 ・・・・・・でも、琥宵は休む事無く食べ続ける。 がりがりむしゃむしゃ。 「・・・・・なぁ、琥宵。それ、おいしいんか?」 ふと、美味しそうにキャットフードを食べる琥宵に声をかけていた。 喋りかけた事が判ったのか、琥宵はこちらを見上げ、一つだけニャ〜と鳴き声をあげた。 ・・・・興味心が生まれる。 ・・・・長年、生まれては消え、生まれては消えを繰り返してきた興味だ。 ・・・・キャットフードって美味しいのかな。 そっと、琥宵が食べるエサ皿に手を入れ、一つまみキャットフードを抜き取る。 そして、それを床の上に簡単に落とした。 散らばるキャットフード。・・・3色ある。 たしか、フィッシュ味とチキン味とレバー味だ。どうせ食べるんだったら、チキン味の方がいい。 Y字をしたキャットフードを指先で突っつき、お目当てのものを探す。 ・・・えと、これかな? 他の物よりも黄色を帯びた粒。 指先でつまみ、初めてまじまじと眺める。 どこかクッキーみたいにも見える。 しばし無言で眺め・・・・・ ―――口に運んだ。 前歯で半分に割り、食感を確かめる。 ・・・固い。・・・どこか渇いたご飯粒に似ている。 それでいて、スナック菓子のようだ。 ・・・・・予想していた物と、大きく外れた味。 ほとんど味がない。・・・無味で無臭だ。 だが、少し脂があるのがわかる。指先がキャットフードの粉末でザラザラしながら、少しヌルリとする。 ・・・・生憎、チキンの味はしなかったが・・・・・。 「・・・・・・食べれなくは無い」 「何が?」 ―――!? 突然、予想していなかった声。 驚きのあまり肩がビクリと震えた。 「・・・お、お兄ちゃん。脅かさんといてよ〜」 「・・・・?お、おう。おはよう」 私の冷や汗を流す笑顔に不審そうに眉を寄せた兄がそのままキッチンに入ってきた。 大きな肩。シャツとズボンに包まれた逞しい四肢。短く切られた頭髪。幾つ物修羅場を超えてきた鋭い瞳。 シャツを捲れば、筋肉の束を見ることが出来るだろう。 流牙や流星なんてヘナチョコな、屈強な男なのだ、ウチの兄は。 「・・・・真宵?」 「へ?な、何お兄ちゃん?」 兄はしばし思考に走っていた私のボーっとした様子に心配したのか、方眉を上げ、私の顔を見下げていた。 ――高い身長。私が背伸びして腕を伸ばそうが、兄の頭の天辺を触ることは出来ないだろう。 「・・・あのさ、今日は俺が朝飯作るからさ、真宵は休んでろよ」 兄の珍しい申し出。一抹の不安は拭えないものの・・・・。 ・・・甘えてみようかな。 「じゃ、お兄ちゃん、よろしく頼むで」 笑顔と共にハイタッチを兄と交わした。 ◇◆◇ 「お兄ちゃん、今日はお休みなんか?」 「あぁ〜?・・・・真宵、今日は何日だ?」 遠く、キッチンを前にする背が答える。 「今日は、13日やで」 じゃかじゃか、と米を洗っていた手が止まり、しばし考えているのが判った。 「うん、大丈夫。休みだよ」 ・・・・大丈夫だろうか。 「お兄ちゃん、そんなんで大丈夫か?」 「大丈夫、大丈夫。少しぐらい遅れたって、何にも言われねーよ」 キッチンから笑い声が零れてきた。 ・・・確かに兄は隊長さんの次に発言力があるとか無いとか。 それと、遅刻、無断欠席、サボリ…etc―――をしても、それを補い、さらに上回るほどの仕事をするから、そんなに口うるさく出来ないとか。 ・・・・でも、実際こんなだらしない所を見ていると、どうしてもそんなに凄い人には見えない。 兄だし。 ・・・右へ左へ細かく動く兄の背中。 思わず跳びつきたい衝動に駆られる。必ず受け止めてくれるから。 その背を私は畳の上、腹ばいになり、肘を立てて眺める。 足を立てたり、交差させてみたり… 机の下に潜んでいたクマロン(Mサイズ)を取り出し、意味もなく両腕で抱きしめる。 顎の下に置き、上目づかいで眺める。 ・・・・最近私は・・・・おかしい。 ―――変だ。・・・・どのように変なのだろう。 判らない。でも、判らないままでいいかもしれない。 その内、判ってしまいそうだけれど。 ◇◆◇ 「そうそう、部隊の皆退院したよ」 「えっ?部隊ってお兄ちゃんの?」 美味しそうな湯気が立つご飯。簡単に作られたおかずを箸で突っついている時、兄がそう切り出した。 昨年の冬、そろそろクリスマスムードになる頃だ。 指令で駆りだされた兄の部隊だが、兄だけがその依頼をサボった。 そして、その目的地で一体のT・Pに襲われたらしい。 大打撃。軽傷数人、重症多数、意識不明の重体3人。 お腹を切り裂かれた人、腹部の内臓を破裂させた人・・・。 生死の境をさまよっていた部隊の人。 だが、直に駆けつけた医療部隊の治療のお蔭で、回復も順調。 そして、ついには皆、そろって退院した、との事。 「皆、口を揃えて言ってるよ。"刀真さんが居たら被害なんか出ないでT・Pを倒せたのに"って。・・・買い被りすぎなんだよ、俺の事」 「ふ〜ん。・・・で、そのT・Pってどんな奴だったん?」 魚の身を崩していた箸が止まった。 「・・・判らない」 「隊長に話を聞いたって言ってなかったかぁ?」 「・・・・・一つだけ言える事がある」 魚の濁っていた目を見ていた兄がふと、顔をこちらに向けた。 「そいつはもう、出ない」 断言に近い口調。確信の満ちた表情。 それに、私は眉を寄せた。 「・・・なんでや?」 「――――そのT・Pは・・・・大切な者を見つけたからさ」 兄の言葉に、さらに意味が判らなくなる。 「・・・それ、どう言う意味なん?お兄ちゃんはそのT・Pと知り合いなん?」 箸で掴んだ白身魚を口に運んで「まぁな」と兄は笑った。 ・・・あの笑みを浮かべた兄に、これ以上何かを言っても無駄だ。 でも、いつの日か、必要な時が来れば教えてくれるのを知っている。 ・・・・だって、私はその兄の妹なのだから。 「よ〜し、今日は休みだし・・・一日中真宵とイチャイチャできるぞ!!」 「やめてよお兄ちゃん!」 割とはっきりと断った。
スギサルマボロシ。 シンヤ・レン キャラクター考案: HIRO ネコアルク 霞夜無月 綴つみき キリン [05-3]<<・>> [06-2]キャットフードは不味くはない。  この小説の為に、実際にキャットフードを食べた自分に合掌。
早芽 流牙の日常 「やっぱり、見間違え―――じゃないか」 大崎 流星が珍しく悩んだ顔をして、流牙に栄養ドリンク剤を渡した。 「・・・たしかに居たんだ。目の前に」 流牙はただ虚空を睨みつけ、手元のドリンクのキャップをガリッと開けた。 「あぁーーー。その絵の子、だよな?」 流星が顎をしゃくった先に、鉛筆のみで仕上げられた絵があった。 頬を緩め、笑みを浮かべる女性の絵。 ・・・もう、流牙が描かないと言った"人物画"の被写体。 ―――影草 浅見。 「なぁ、流星。影草 浅見って・・・知ってるか?」 先にドリンクを飲み干した流星が、空瓶をゴミ箱へと片手を伸ばしつつ怪訝そうな顔をした。 「・・・カゲグサ・・・・アザミ?」 少し思考したようだったが、直に首を横に振った。 「いや・・・知らないな」 「・・・そう、か」 沈黙が部屋に下りた。 鉛筆をかたしはじめた流牙の背に、眠たげに目を擦る流星が明るい表情で声をかけた。 「そういえば、来る途中に朱雀を見かけたぜ。・・・たぶん、もう直したら来るんじゃないか?」 「―――朱雀が?」 流牙は意外そうに片眉をあげ、思わずキャンバスから目を離し、背後で意地の悪い笑みを浮かべている流星をみた。 「んじゃ、俺はおいとましますわ」 「ちょっと待て!お前は何しに来たんだ!?」 それに、さらに嫌らしい笑みを浮かべる流星。 「いや、二日酔いで苦しんでいる流牙を冷やかそうと思って―――」 「 帰れ!!」 流牙の投げた空ビンを軽々と避け、「んじゃ、なんか進展したら教えろよ!」と言って流星の姿が消えた。 ・・・日常でも気軽に異能使いやがって・・・。 腕を組んで鼻を鳴らした流牙を尻目に、部屋の隅にあるゴミ箱に寸分の狂いも無く、空瓶が投入された。 ―――ピンポーン 彼女は程なくしてやって来た。 「はいはい。おう、よく来―――」 「・・・えと、おやつ。作りすぎたから」 見た事が無い程の可憐な服装で。 ◇◆◇ 「・・・・変かな?」 「―――いや、似合うよ」 コポコポと音を鳴らすコーヒーサーバー。 徐々に落ちる黒い雫を眺めるふりをして、高鳴る鼓動を必死に落ち着かせようとする。 流牙の背後では、ソワソワして落ち着きの無い朱雀。 ピンクのキャミソールにデニムスカート。その上にファーの付いたコートを着ている。 足元はいつも通り、スニーカーだが・・・・やばい。 朱雀の洒落た服装を初めて目の当たりにした。 てっきり、お洒落には縁が無い女だと思っていたが―――。 「どうぞ。・・・で、今日はどうした?」 机の下でソワソワと指を絡めたり、解いたりを繰り返している朱雀が、俯き気味だった目線を勢いよく上げた。 「え、えと、・・・良かったら食べて―――ください」 目の前に置かれた朱雀お気に入りのカップ。ホットココアからは湯気が立ち上り、その湯気の向こう側の席、朱雀の正面の席に流牙が腰を下ろした。 「あ、ありがとう」 テーブルの上に、可愛らしい紙袋が置かれ、その中から綺麗に包装されたクッキーが出てきた。 それを無言で渡す朱雀。 視線はカップにそそがれ、前髪が彼女の表情を隠す。 無言の静寂。無言の為に静寂。 そう、無言のまま流牙はクッキーの包装を解き、席を立つと同時にクッキーを口に運んだ。 香ばしい匂いが鼻孔をかすめ、程よい食感と共にクッキーは咀嚼される。 パサパサしすぎず、なめらか過ぎず。 指に付いたクッキーの粉を舐め、ズボンで拭い、そしてコンポを操作した。 「―――凄く美味いよ、コレ」 パァーと花が咲くような彼女の喜ぶ笑みと共に、軽快で明るく、しっとりした曲が流れ始めた。 ◇◆◇ 「流牙はどうしてエージェントになったの?」 話に花が咲き始めた頃、なるべく自然な流れで朱雀はその話を切り出してきた。 「え?・・・オレがエージェントになったかだって?」 カップを傾けていた手を休め、しばし思考に耽る。 「・・・別に、面白くないぞ?」 不安げだった顔が輝き、頷く朱雀。 その興味津々な様子に、オレは照れと共に口を開いた。 「オレってさ、金持ちのボンボンだろ?・・・そうやって言われるの、オレは好きじゃなかったんだ。事あるごとに、そうやって言われて・・・まるで"自分等と違う"って扱いをされてるみたいだった。 ・・・それが嫌で嫌で・・・。皆と同じになりたかったんだ。自分の事は自分で出来る。だから、思い切って一人暮らしを始めたんだ」 懐かしむように目を細め、唇を吊り上げる。 「最初は凄く楽しかったよ。何もかも、自分通りに出来て。・・・でもさ、オレ―――友達が居なかったんだ。今じゃコレだけど、小学校中学校と引込み思案でさ、言いたいことは言えないし、カモられるし、苛められるしで・・・友達と呼べる奴なんて1人も居なかった。中2の時に、そんなのを治したくて1人暮らしを始めて・・・・・中学3年の時だったか?何もかもが嫌になった。 とつぜんだ。何の拍子も無く嫌になって―――荒れた。喧嘩ばっかしてた。今思えば、相談できる奴も心から喋れる奴もいなくて、不安で一杯だったんだろうな」 オレは自嘲気味に笑い、クッキーを口に運ぶ。 「子供のわがままと一緒さ。―――判ってほしかったんだよ、誰かに。オレの存在を。・・・・・・・・で、喧嘩ばっかしてて学校もロクに行ってなくて、町をフラフラと歩いてる時だよ」 普段では見ることの出来ない、目尻の下がった彼の柔和な笑み。 本来の彼の表情。 「とある馬鹿に会ったんだ」 若干、照れているように・・・興奮したように。 「T・Pが出てさ。正直ビビッたよ。唯の学生がT・Pに勝てるはずがない。・・・でもさ、その頃は馬鹿で・・・捨て身で喧嘩を振ったよ。 ―――結末は見えていた。死んでもいいと思った。どうせ、誰もオレを必要としてないし・・・友達もいないし。んで、T・Pにボコボコにやられて、死ぬ一歩手前。―――爆音と共にアイツがやって来た」 ◇◆◇ 血。 地。 地面に無残に転がる自分。 鉄の味が広がる口腔。 視界は所々が赤く染まり、もう痛みを感じないほどに感覚が鈍くなっていた。 視界の端に白いヒトガタ。 衝撃が体を襲うが、遥か遠くの出来事のように無痛。 視界が揺れる。腕が動かない。 体はもう言うことを聞かない。 ・・・その時、ゆっくりと、臆病な死神が近づいてくるのがわかった。 ゆっくりと。 一歩一歩を噛み締めるように。 ひたひたと足音を響かせて。 恐怖を感じさえする生々しさ。 生臭い血の匂い。 現実過ぎるリアル。 ・・・・その時、鈍った感覚でも十分すぎる程の・・・。 爆音がその場に轟いた。 「おい・・・・大丈夫か?」 「・・・・・・・・・誰?」 世界の向こう。霞む人影。誰かがオレを見下げていた。 太陽を背にしたソイツはしばしオレの顔を見ていたが、一つ首を回すと屈んでいた体を起こした。 「・・・・・・怪我人1人・・・発見、と」 一言小さく呟いて、腰から黒い楕円の形をしたモノを取り出した。 「爆破」 流牙の耳に澄み切った金属が擦れる音が響いた。 ―――青空。中にピンがとんだ。 又も爆音が鳴り響いた。衝撃が体を襲う。 粉塵が巻き起こり、パラパラと何かが崩れる音がする。 爆音の後に満ちたのは静寂。 死の近づく音すら聞こえない、耳に痛いほどの静寂だった。 「おい、生きてるか?」 「・・・生きてるよ」 体が強引に起こされ、全身に激痛が走る。 「痛ぇよ、馬鹿!!」 「馬鹿はないだろ、馬鹿は」 激痛に閉じていた目蓋を広げ、はじめてみたものは。 黒髪に色素の薄い茶色の瞳。 オレとはそうも変わらない年の男だった。 ◇◆◇ 「・・・もしかして、大崎ですか?」 「そう、初めて会ったエージェントがアイツでさ。―――アイツに救われて、アイツを見返したくて、気付いたらエージェントになってた」 「そう・・・・ですか」 「だから、オレがエージェントになった理由は流星なわけ。・・・アイツの背中を守るのがオレの役目なんだ」 本当に照れくさいのか、腰を上げ空になったカップを持ってキッチンに消えた。 「流牙は・・・・驚かないでくれる?」 「何が?」 キッチンから戻ろうとしたオレを心配そうな顔の朱雀が出迎えた。 冷蔵庫に手を置き、コートを腕に下げた朱雀。 必然的に流牙の足は止まり、キッチンのステンレスの上にカップを置いた。 「・・・・・ホントは、私、この話をしにきたんだ」 そう言うと、朱雀はおもむろにキャミソールを脱いだ。 「ちょ――!」 そして、背中を向けた。 驚きが視覚を伝わって脳に響いた。 「・・・ずるいよね。自分の話をする前に、相手の話を聞いてから安心しようとするなんて」 脱いだキャミソールを胸下に抱き、肩を丸めて縮こまるように朱雀は何かに耐えるように立ち尽くした。 白い肌。滑らかな肩。魅力的なうなじ。 白い下着のしたに、"ソレ"はあった。 「温泉で、見たんだよね?」 彼女の左肩から右脇腹まで走る痛々しい傷。 驚きに見開かれた目が、ゆっくりと細められる。 無言で流牙が見守る中、朱雀は下着すら脱ぎ、傷を見せ付けるように背を少し丸めた。 ・・・だが、それが恐怖のあまり、背を丸めた事に気付くのはすぐ後だった。 「・・・こんなの、嫌だよね。醜いよね」 自分の服を抱きしめ、目を固く瞑り"拒絶"されるのを恐怖する様子。 長年、彼女を苦しめてきた"恐怖"だった。 「・・・・はぁ」 流牙が一つ、溜息を付いた。 金髪に染められた頭髪をガシガシと掻き、眉を寄せて不満の表情を作った。 そして、口をつける前にぬるくなってしまった。コーヒーを水道に流した。 「ちょっと来い」 固まる朱雀の横を通り抜け、何もかけていない画架に、新しい白いキャンバスを架けた。 何時もよりも臆病に。そしてゆっくりと歩み寄る朱雀。 「そこに座れ。背中を向けてな」 言われてる事が判らず、おずおずとキャンバスの向こう・・・椅子に腰をゆっくりとかけた。 「な、何をする―――」 「こっちを向くな。向こうを向け。それと、背中を向けて服を足元に置く。気になるんだったら手で隠せ。寒かったら言え。最後に―――口以外は動かすな」 聞いたことのない流牙の淡々とした口調に、緊張を隠せない朱雀。 脅えた兎のように、しかし言われた通りに背を向け、服を足下に置いた。 空調の効いた部屋は程よく暖かく、寒くはなかった。 ・・・・そして、腕を足の上に置いた。 ◇◆◇ 手にしたのは茶色のスケッチ用の鉛筆。 軽く体のラインを描き、背骨となる中心線を描く。 どこか悲しげな横顔を見ながら、流牙は無言で鉛筆を走らせる。 流れる金髪。チラリと見えるうなじ。うっすらと筋肉に覆われた滑らかな肩。浮き上がる肩甲骨。ライトによって少しの影ができたせすじ。柔らかな影を作る二の腕。細い肘。白い腕から続くほっそりとした指。その二の腕と脇の間から見える胸元から腹へのライン。華奢な腰、それから続く丈夫な革で出来たデニムスカート。椅子の向こうに伸ばされた太股、影が下りるふくらはぎ。大きなスニーカーと対照的な細い足首。 紙の中に"彼女"を描く。 "彼女"と言う形を描く。 その背に痛みと共に描かれた傷を、流牙は鉛筆を使って描いた。 目の前の彼女の何かが欠けようとも、それは彼女だ。 しかし、紙の中の彼女は欠かすことの出来ない、彼女自身の鏡であった。 どれかがかけてしまうと、それは"彼女"では無いのだ。 つまり、この傷も彼女自身なのだ。 「・・・・綺麗だよ」 「―――え?」 オレの呟きに驚く朱雀。 目は細められたまま、オレは次の画材を手に取った。 「綺麗な背中じゃないか」 「・・・・ど、どこが!」 「何があったが知らないが・・・・そんなモノ、オレ等には関係ないだろ」 「・・・・・・・」 筆を手に取り、パレットに色をとる。 「恐がるなよ。仲間じゃないか。―――気にしすぎなんだよ、馬鹿」 小筆を銜え、大筆が彼女の肩を撫でる。 「・・・馬鹿なんて・・・・言わないでよ」 横を向いていた顔が向こうを向いた。 春の日差しがカーテン越しに彼女の顔を照らす。 頬を流れる雫が、顎を伝って落ちた。 「私が馬鹿なら・・・流牙は"覗き魔"だね」 悪戯心になすがまま、過去を掘り返すのは好きではないが、切り返すつもりで口を開いた。・・・だが。 流牙も流牙で悪戯な笑みを浮かべてキャンバスの向こう側の彼女を見た。 「おう、そうだな。オレは覗き魔だな。現に、今、朱雀のセミヌードを見てるし」 「はぅあ!?」 今更、顔を真っ赤にして慌てる朱雀。 「目に抱擁だぜ、まったく。どこかの誰かの栄養ドリンクよりよっぽど酔い覚ましにいい」 クツクツと笑い、面白いほどに真っ赤になった朱雀を見る。 「・・・・えと、誰にも言わないでね?」 「何を?」 「もう!意地悪!!」 「あははは!」 笑みを浮かべる流牙。 それにつられて、笑う彼女の横顔。 なんだ。 "コレ"以上にいい笑顔を持ってるじゃないか。 笑みを浮かべる流牙が筆を置いた。 彼の前には彼女の絵。 背に傷がある、笑みを浮かべる女性の絵であった。
スギサルマボロシ。 シンヤ・レン キャラクター考案: HIRO ネコアルク 霞夜無月 綴つみき キリン [05-2]<<・>> [06-1]ほら、綺麗だろ?  ちょっといいな〜とか思ったらクリック!
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